阿波証券の創業は終戦後です。長い歴史がありますね。
どのような企業でも、創業の精神というもの、そしてなぜ当社がそもそも存在しているのかということ、そのようなルーツをたどるということも大事だと思っています。いま、社内研修で社員のみなさんにもそのことを伝えています。
当社の創業は昭和23年、1948年です。第二次世界大戦が終わり、取引所の売買が再開された中、阿波証券株式会社も創業をしました。当時の創業精神は、「株式投資を通じて、県民の夢を実現する」というものでした。ここから始まりました。
復興とともに日本経済も拡大をしはじめます。その拡大の長い経緯の中でオイルショックなどの経済不況、証券不況も起こり、好況不況の波を経験していきます。その波の中で、経済の拡大とともに投資家の裾野が拡大し、当社も発展をしてきたという経緯があります。
さまざまに変化する社会の中で、当社が大切にしてきた精神は、「堅実さ」と「誠実さ」です。
私たち地方証券会社というのは、お客様の顔が見える地域で仕事をしているわけなので、やはり会社本位ではなく、お客様との信頼関係を大切にしていく、そういう営業精神というものが社風として創業のころからあり、ずっと先輩から引き継がれてきた結果、初心者の方からベテランの人まで、お客様の身近な相談相手として親身に接するということで、阿波証券らしさという価値観が形作られてきたのだと思います。
近年における地方金融の状況は。
2008年には、リーマンショックによる世界的な金融不況があり、その後のアベノミクスという政策による経済の影響があり、時代の大きな波を経験しています。
今現在、証券会社や金融業界を取り巻く環境というのはすごく変わってきています。
どのような環境変化でしょう。またその変化をどのように捉えていますか。
一つ目は低金利、ゼロ金利の時代になったということ。
またもう一つはITやネット化による商品や情報のスピードの変化があります。投資商品も広がってきています。その一方でお客様の求めているニーズも変わってきています。
そのような大きな環境の変化の中で私たちも変わっていかなくてはならない。そうした問題意識が阿波証券社員全体にあります。このような中で、対面営業を中心とする私たちの強みとはなんだろうね、と考え、そして原点を見つめることで伝統的に大切にしてきた価値観を見つめ直しています。そして、私たちの強みや価値観を暗黙の了解ではなく、実践的に考え直してみようということで、現在ESとCS(*)の取り組みを2014年から行っています。
(*ES= Employee Satisfaction 社員満足、CS=Customer Satisfaction 顧客満足)
ESとは社員満足ということです。働いている社員のみなさんが仕事にやりがいを感じられる職場づくり。CSというのは顧客満足です。お客様視点での価値提供を高めていくことです。
具体的にはどのような活動を行っていますか。
この一年半ぐらい毎月会社でES・CSの社員研修をやっています。店長、管理職、若手社員等、全社員がグループ別でお互いにディスカッションをし、「お客様が私たちに求めていることはなんだろう?」「私たちの今行っている仕事をお客様の視点に立つとどう見える?」「どんな職場になったらもっと働き甲斐を感じる?」といったテーマでグループ討議を重ねています。また、昨年度から若手社員の皆さんから、将来会社のありたい姿をイメージしてもらい、店長幹部の方がそれらの要素を具現化する中期経営計画を策定し、日々の活動に取り組んでいます。将来ビジョンや中期計画の策定プロセスに若い社員の方の意見を取り入れることで、社員皆さんにとっての働き甲斐のある職場づくりに少しでも近づくのではないかと考えています。
時代とともに変化し、多様化するお客様のニーズにどのように対応するのでしょうか。
おっしゃる通り、お客様によってニーズはさまざまです。短期投資を望まれる方、長期的に株式を保有しておきたいと思っているお客様、また海外投資にも興味をもつお客様などさまざまです。同じお客様でも例えば相場の上がり下がりによって、ニーズが変化したりもします。そのようなニーズや状況に対して、我々は対面営業だからこそ、お客様の状況や意見を親身に聞くことができます。そして、まだお客様がイメージを持てていない価値に対して対面でお話することで、情報を提供できたりなどもします。このことは、機械やネットでは難しいことだろうと思います。初心者の方から、ご高齢の方、またベテランの方まで対面で、地域の中で長く地道に営業させていただける地方証券会社の特色というのは、こういうところにあるのだと思います。
ところで、主の顧客である徳島県民のお金に関する県民性などを感じることはありますか。
一世帯あたりの個人の預金残高は全国で第二位。定期預金率も高いです。金融に関する県民性ということでは、堅実に資産を増やしたいという思考傾向がデータからですが感じられます。
地方証券会社の歴史について、少し教えてください。
戦後には、県内でも個人経営による小さな規模の証券会社が沢山あったようです。そして業界では有名なのですが、昭和40年に証券不況ということがあって、大手の証券会社が経営破綻になったんですね。その頃に財務基準等の一定の条件をクリアしなければ証券業の業務を行うことができない免許制になりました。それまでは登録制でたくさんの証券会社があったようですが、その当時に多くの会社が合併や廃業を行ったと聞いています。
当時、徳島県内でも10数社の証券会社があったと聞いています。登録制から免許制になり、地方証券会社は徳島県では当社を含めて2社。香川県で2社、愛媛県で2社、高知県はゼロとなり、その四国6社と、大手証券会社等が、業界の規制の中で、ある意味、限定された競争環境の中で業務を行ってきました。
その後1980年代後半あたりから、ご存知のように金融の自由化の波が押し寄せて、金融業界にも自由競争が生まれていきます。手数料も自由化、競争も自由化となっていきました。長く続いた免許制から今度は登録制になりました。
そしてネット証券会社が90年代後半あたりからシェアを伸ばし始め、それから業界の統合がはじまり、競争も厳しくなってきました。
今、日本で260社ぐらい証券会社があるんですけど、業界全体の競争と変化は進行形です。
そして大手ではない地方証券会社が5年後、10年後に残っていくためには、どうやっていけばいいんだということを、我々は常に真剣に考えているわけです。私たち阿波証券として、自分たちの強みは何だったのかということをもう一回考えようよと、原点に帰ることにしました。その原点に磨きをかけることで浮かび上がるあるべき姿とは、顧客の視点に立つこと、それから社員の満足を向上させること、つまりCSとESでした。
近年、金融のIT化が進み、マネーの概念そのものまで変化しているように思えます。何か対応策を考えていますか。
対面営業を中心としている方針のなかで、お客様にとって利便性を上げるためのツールに関しては揃えていく必要はあると思っています。
ただし、本質に関して、つまりお客様から当社を選んでもらえる価値というものは、ネットやITではできない点にも沢山あって、そこを追求していこうと今考えています。
さて、伊勢社長は2001年に社長に就任されました。
就任当初は私もまだ若く、まわりの社員さんにたくさん助けてもらいました。そしてお客様に支えられてきたというのはとても感じますね。就任16年目の現在は、対面営業を通じて、お客様に認めてもらえるような価値提供を今後もずっとやっていかなくてはならないと強く感じています。情報や変化のスピード、また相場の動き方も10年前とは全然ちがいます。自分たちもそこに対応して変えていかなくてはなりません。ここ数年で特に感じます。
今後のビジョンについても教えてください。
現在の中期ビジョン「お客様のライフスタイルを投資でデザインする。」以降の10年後のビジョンを策定しています。
三年計画の後、10年後のビジョンについて、全社員、今年入社した社員さんも一緒になって全員が、一ヶ月に一回グループ討議を続けています。
社員数は、現在64人です。
私たちが目指すべきゴールは、金融商品を売るのみの会社ではなく、地域のお客様から信頼され、そしてなくてはならない「金融サービス会社」になるということです。そしてその目標に向けて、3年後、5年後、10年後のあるべき姿について対話を行いながらビジョンづくりに取り組んでいます。社長一人がこれをやりましょう、と決断するのではなく、社員さんが皆で考えて、ビジョンを作っていこうとしています。
徳島県のカラーと、そして阿波証券の社会的責任についても、お考えを聞かせてください。
県外から来た人が最初に言うのは、「徳島って暮らしやすい町だよね。気候も温暖だし、美味しいものもいっぱいあるし、お接待の文化があって。」という風に良いことを言ってくれます。ただ、どこの地方も同じですが、少子高齢化という大きな課題があります。徳島が元気で魅力的な街であるために、阿波証券としてできることというのは、やはり企業理念にもどり、地域のお客様の財産づくりのお手伝いをするということだと思います。財産づくりのお手伝いをして、地域経済の活性化に貢献できるのではないか、そして、本業を通じて地域に貢献していくということができるんじゃないかと考えています。
本業を通じて地域に貢献ということは、責任は軽くはないですね。
それはありますね。例えば、金融詐欺などの事件が全国よく起こっていますが、我々金融機関の人間として、事前に金融詐欺の情報を耳に挟んだり、あるいは直接のお客様だけではなくとも相談を受けたりした時、被害を未然に防げるのではないかと考えています。
実際に当社の社員さんが店舗にご来店された方の言動から振り込め詐欺を察知し、警察と連携して未然に防ぐことができたケースもあります。自分たちの仕事を通じて、お客様や地域の暮らしを守っていくということも重要だと思います。
また、ご高齢のお客様には、定期的にお声掛けをするということも行っています。
阿波証券の社員教育についても教えてください。やはり社員は現場で力をつけていくものなのでしょうか。
基本的には、お客様の役に立つ、寄り添える存在になるためには「人」が大事です。その中でテーマとしては2つ。1つめはプロとしての金融技能。2つめはお客様の気持ちを理解できる人間力の向上です。このことも重要です。これが当社の社員教育の2つの柱です。
その社員教育のベースとなる考え方というものを我々は持っています。人は誰しもが価値ある存在になりたいという思いを持っています。自分の仕事を通じて誰かの役に立つことが、やりがいや喜びとなるものだと考えています。そうであるならば、会社がそのような環境や条件を整えることが、社員さんを大切にしていくことの一つであると思っています。
社員さん自身がやりがいや満足感をもっていないと、お客様に満足できるサービスを提供できないと思うので、社員重視の考え方は大切です。
プロとしての金融技能に関する教育としては、ファイナンシャルプランナーや証券アナリストの資格取得を推進しています。それ以外の資格に関しても費用補助等を行っています。
人間力を上げる教育において、お客様に寄り添える存在になるためには、その前に社員同士でお互いに親身になって協力できる関係性を作っておく必要があると思っているわけです。
社員同士の競争を促すということもあるのでしょうか。
社員同士の競争よりも、協働です。
そちらの方がお客様への仕事の質が上がり、社員さんのやり甲斐も上がると思います。
それは阿波証券の伝統的な文化でしょうか。
もちろん昔から漠然とはあったと思います。しかし今回我々は、CS活動、ES活動を通じて、社員同士のコミュニケーションを増やすための仕組みづくりを行っているのです。そしてさらに我々のよいところを伸ばしていこうという取り組みもやっています。
具体的には、例えば、グループウェアやSNSを使って、全員が毎日経験したことや感じたことを投稿したりしています。
今まで部署が違うとお互いに会う機会はあまりありませんでした。今では7箇所ある支店、営業所の社員さんが、SNSをつかって毎日同じフロアにいるようなコミュニケーションがとれています。お客様とのことや、家族の話なども投稿してそれにコメントが入ったり、そのようなことも活発に行っています。
それ以外に、毎月一回社内イベントを行っています。マラソン、宿泊研修、バーベキュー、魚釣り、山登り、お花見、などなど。社員さんの家族も含めて参加してもらっています。イベントをやりはじめて、今1年半ですかね。仕事上の会話だけじゃなく、仕事以外の人柄に社員さん同士で触れ合ったりします。違う部署の人同士も。
また、先程も申しましたが、月一回の研修とその後の食事会も行っています。私も必ず参加していますので、どの社員さんとも話をしています。その他には、社員さんの誕生日に私がメッセージカードを持って直接営業所に行ってお祝いをしています。それをまたSNSに投稿したりなど。
こんな風に、体験を共有するというコミュニケーションを社内で実践しています。風通しが良くて働きやすい、お互いが協力し合う、そのような職場づくりを進めています。それができるようになると、お客様に対しても親身になるということが自然にできるようになります。とても大事なことだと思って実践しているのです。
2年前にES活動を始める時に社員さんに聞いたんです。どういうところを評価されるとうれしいですかと。頑張ってお客様訪問をしても、今月の成果にならないときがあると言います。来月になるか半年後になるか、それは分からないけれど、数字や売上げ以外にそのプロセスも認めて欲しいという声が結構あったんです。
目の前の競争だけではなく、足元も見つめて未来を見据えているということなのですね。
創業の精神を忘れないこと、そして5年後、10年後を見つめて、現在行っているES、CSを深めていくための活動を実践しています。
(インタビュー・2016年11月 阿波証券株式会社本社にて)
プロフィール
1967年 | 徳島市生まれ。 |
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1990年 | 香川大学経済学部卒業。 |
1990年 | 岡三証券入社。 |
1995年 | 阿波証券入社。 |
1997年 | 取締役に就任。 |
2001年6月 | 代表取締役社長に就任。 現在に至る。 |